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ー北海道、岩内の自然とともに生きた画家 木田金次郎の世界ー
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群暉(くき)のご案内
『群暉』2017冬 Vol.86 

目 次
  • 表紙の作品「十勝岳
  • 木田の核心に迫る企画展
    「木田金次郎の本棚」
  • 「平成の
    『生れ出づる悩み』展2016
  • 岩内ライオンズクラブから
    車いす寄贈
  • 札幌プラニスホールで <夕張市美術館コレクション>鑑賞
  • 3月に高校生の展覧会が!
  • 編集部が選ぶ 木田金次郎美術館2016年5大ニュース
  • 秋田から作品5点が一挙寄贈
  • 東京からも取材がー
    第22回どんざ忌
  • めぐりあい  小川原脩と岩内、つながりあれこれ
  • 編集後記
  • カラーグラフ
  • 鑑賞スケッチノート&館日誌
 
次号『群暉』春号は、
4月14日頃発行予定です。


表紙の作品   《十勝岳》1939年 油彩・板 24.0×33.0cm

  昨年11月28日付で木田金次郎美術館に寄贈された5点の作品のひとつ。4号の「スケッチ板」に描かれているのは噴煙を上げる十勝岳(2077m)である。
  この作品を所蔵していたのは、秋田市の医師・笠松秀二氏(1910-1979)。札幌出身の笠松氏は、北海道大学医学部在学中だった昭和初期、父が拓銀岩内支店長をしていた親友を訪ねて岩内を訪れ、木田と知り合ったという。以降、岩内近郊で木田が制作するのに同行するなど親交を深め、木田が札幌に赴いた際には、北大医学部の笠松氏の医局に泊まることもあったという。
  そんな二人は、一緒に十勝岳に登山に出かけた。このとき山小屋で出会った滝川から来た女性に、お世話になったお礼にと、二日かけて描き贈ったのがこの作品だった。この出会いがきっかけとなり、数年後、その女性と笠松氏は結婚。笠松夫人となった千鶴子氏が、夫の没後も深い愛着をもって大切に作品を守ってきた。
 比較的なだらかな稜線に立って眺めた画面には、大正末期から昭和初期にかけて大噴火し、なおも噴煙を上げ続ける「前十勝」と、赤茶けた山容の主峰十勝岳が正面に据えられ、荒々しいタッチで描かれている。立ち枯れした木々と地面の緑が、噴火によって一変した自然の生と死の側面を表現しているようにも見える。小品ながらダイナミックな大地の躍動を感じさせる一枚である。
  なお、作品の年代表記は幾通りにも判読可能だが、笠松千鶴子夫人が「二十歳の8月」(2006年6月に木田敏斌氏が千鶴子氏より聞き取り)と明確に記憶する、昭和14年を制作年代とした。描かれた場所、年代、その背景、いずれもが非常に貴重な、新発見の作品である。  (学芸員 岡部 卓)

木田金次郎美術館ニュース『群暉(くき)』
 『群暉』は、年4回発行している、美術館の情報誌です。誌名の『群暉(くき)』は、岩内の発展を作り上げたニシンの群来(くき)と、「落暉(らっき)」など、木田の描く太陽の輝きにちなんで名付けられました。
 当館スタッフや、ボランティアのメンバーが、新たな作品を紹介したり、最新の展覧会情報や美術館をとりまくニュースを発信しています。また、木田とかかわりのあった方への取材や寄稿を通して、画家・木田金次郎の様々な面を感じていただける内容です。NPO会員・友の会会員の皆さんには、お手元にお送りしています。
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バックナンバー
『群暉(くき)』の表紙バックナンバーをご紹介しています。
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2015春 Vol.79 2015夏 Vol.80 2015秋 Vol.81 2016冬 Vol.82
       
2016春 Vol.83 2016夏 Vol.84 2016秋 Vol.85  
 

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