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ー北海道、岩内の自然とともに生きた画家 木田金次郎の世界ー
画家木田金次郎
略年譜
1893(明治26) 0歳 7月16日、岩内郡御鉾内町32番地に、父久造・母ワカの6人兄弟の次男として生まれる。
1904(明治37) 11歳       3月、岩内尋常高等小学校尋常科卒業。引き続き、高等科入学。ここで2年間、柏村信が木田のクラス担任となる。
1908(明治41) 15歳       3月、岩内尋常高等小学校高等科卒業。4月、東京・開成中学に入学。
1909(明治42) 16歳       この年、在学1年半ばで開成中学を中退。東京・京北中学に編入学。この京北中学時代から絵を描き始め、上野で開催されていた文部省美術展覧会に足繁く通う。
1910(明治43) 17歳       秋、京北中学4年を中退で帰道、札幌郊外で絵を描く毎日を過ごす。
          11月、札幌で開催されていた黒百合会第3回展で、有島武郎の作品(たそがれの海を描いた小品)に深い感銘を受ける。この後、豊平川畔にあった有島の家を偶然見つけ、描きためたスケッチを携えて、数日後訪問する。
          11月末〜12月頃、岩内に戻るが、家業不振のために漁業に従事する毎日となる。
1918(大正7) 25歳       3月、有島の『生れ出る悩み』(原題)の新聞連載はじまる。
1923(大正12) 30歳       6月9日、有島武郎が軽井沢で波多野秋子と心中。この頃から木田は漁業を捨て、画業に専念する決心を固めたといわれる。
         

「晩秋」1924
「晩秋」1924

「ポプラ」1924
「ポプラ」1924
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1928(昭和3) 35歳       秋、満州・朝鮮を写生旅行。大連で2日間の個展開催。
1934(昭和9) 41歳       6月〜8月、2か月半を費やして大雪山の連作を手掛ける。
         
「海」1936
「海」1936
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1941(昭和16) 48歳       夏、利尻・礼文島へ写生旅行。独立美術協会の野口彌太郎らが同行する。
1942(昭和17) 49歳       4月8日、山田フミ(後に文子)と結婚。
1944(昭和19) 51歳       10月末、堀株村69番地に転居
1945(昭和20) 52歳       9月、後志美術協会が結成され、木田も名を連ねる。しかし展覧会には一度も出品することがなかった。
          11月、全道美術協会(全道展)の創立に名を連ねる。しかし出品せずに、1949年に脱会する。
1947(昭和22) 54歳       この年、堀株村から岩内に転居。
1950(昭和25) 57歳       11月、岩内町文化賞受賞。
1952(昭和27) 59歳       この頃から生活に安定のきざしが見えてくる。
          8月4日、作家・八木義徳が岩内の木田宅を訪問。八木はこの対面を「漁夫画家」と題して、10月発行の『文学界』に発表。
1953(昭和28) 60歳       11月14〜19日、「木田金次郎個人展第一回」を札幌・丸井今井百貨店で開催。
1954(昭和29) 61歳       9月26日、台風15号(洞爺丸台風)による「岩内大火」で、油彩・デッサンあわせて約1500〜1600点を焼失する。
          11月、北海道文化賞受賞。
         
「大火直後の岩内港」1954
「大火直後の岩内港」1954

「青い太陽」1955
「青い太陽」1955

「菜の花畑の落日」1955
「菜の花畑の落日」1955
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1956(昭和31) 63歳       10月、島本融(北海道銀行頭取)の著書『銀行生誕』の表紙と挿絵を描く。
1957(昭和32) 64歳       5月、「木田金次郎油彩小品展」を北海道銀行東京支店で開催。
          11月、北海道新聞文化賞受賞。
         
「茶津の断崖」1957
「茶津の断崖」1957
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1958(昭和33) 65歳       9月、戸籍名金治郎を、以前から使っていた金次郎に変更。
         
「波」1958
「波」1958
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1959(昭和34) 66歳       4月7〜12日、朝日新聞社主催で「木田金次郎作品展」を東京・日本橋高島屋で開催(その後仙台・札幌を巡回)。
1960(昭和35) 67歳       7月、中谷宇吉郎との共著『北海道』(中外書房)を刊行。
          「早春のニセコ連山」1960頃
1962(昭和37) 69歳       4月10〜15日、朝日新聞社主催で「木田金次郎新作展」を東京・日本橋高島屋で開催(その後大阪・福岡・札幌を巡回)。
          12月15日、脳出血のため永眠。
         
「バラ(絶筆)」1962
「バラ(絶筆)」1962
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